大判例

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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)1720号 判決

控訴人

清家富佐子

右訴訟代理人弁護士

杉谷義文

杉谷喜代

被控訴人

清家鉄工株式会社

右代表者代表取締役

清家道生

右訴訟代理人弁護士

杉山義丈

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被控訴人は、昭和五一年七月一日、千代田生命保険相互会社(以下「千代田生命」という)との間で、被保険者清家敬司(以下「敬司」という)、死亡保険金受取人被控訴人、死亡保険金額一五〇〇万円との内容の生命保険契約(以下「本件生命保険」という)を結び、昭和五四年九月一八日敬司が死亡したため、同年一一月二日、千代田生命から右保険金及び社員配当金、返戻保険料合計一五〇三万九八九九円(以下「本件保険金」という)を、被控訴人の当座預金口座に振込む方法により支払いを受けた。

2  控訴人は、同月六日、被控訴人の右預金口座から一四〇〇万円を引き出して右金員を取得し(以下「本件支払金」という)、その結果、被控訴人は同額の損失を受けた。

3  よって、被控訴人は、控訴人に対し、右不当利得金一四〇〇万円及びこれに対する控訴人が右預金口座から引き出した日の翌日である昭和五四年一一月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び抗弁

1  請求原因事実は認める。

2  敬司は死亡当時被控訴人の取締役であり、本件支払金一四〇〇万円は敬司の退職金として被控訴人から控訴人に支払われたものである。ちなみに、本件生命保険は会社の役員等の万一の事故等に備え、その退職金支払い等に充てるために役員等を被保険者とする企業保険であり、敬司の場合も契約当時から本件保険金は敬司の退職金の支払いに充てることが予定されていたのである。

三  抗弁に対する認否及び再抗弁

1  控訴人の主張事実は否認する。

2  仮に控訴人の主張が認められるとしても、本件支払金については商法二六九条の適用があり、被控訴人の定款の定め、又は株主総会の議決が必要である。

四  再抗弁に対する認否及び再々抗弁

1  被控訴人の主張は争う。

2  仮に本件支払金につき商法二六九条の適用があるとしても、右金員の支払を決定したのは、被控訴人の代表取締役であった敬司の父清家初次郎(以下「初次郎」という)と被控訴人の経理を担当していた敬司の母清家三登子(以下「三登子」という)である。ごく小規模な同族会社である被控訴人において全株式を所有する右両名の承諾があった以上、右支給は株主の総意に基づくものといえる。初次郎及び三登子は、自ら右保険金による金員(敬司の退職金)の支給を決定しながら、形式的に株主総会の決議がないことをもって、右支払が違法であると主張するのは不当である。もし株主総会の決議が必要というのならば、自分で株主総会を招集して決議を受けるなり、追認を得るなりの処置をとるべきである。本件のようなことは小規模な同族会社では世上よく行われていることであり、本件に限り違法性を問題とするのは社会正義にも反する。

なお、現在被控訴人においては、株主の範囲とその所有株式数に争いがあり、株主総会を開くことができない状態にある。また、本訴は控訴人が被控訴人の預金口座から金員を引き出してから五年も経過して提起されているのであるが、それは初次郎の遺産相続問題で紛争が生じたためである。

五  再々抗弁に対する認否

控訴人の主張は否認ないし争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因事実は当事者間に争いがない。

二控訴人は、本件支払金は敬司の退職金として被控訴人から受け取ったものであると主張し、これに対し被控訴人は株主総会の決議が必要であると抗争するので、以下これについて判断する。

〈証拠〉によれば、以下の各事実を認めることができる。

被控訴人は、昭和一三年初次郎が個人事業として始めた清家溶接所が昭和三六年一二月に会社組織になったものであり、代表取締役は初次郎、取締役にはその長男である敬司とその弟の清家道生(以下「道生」という)が就任し(敬司が死亡後は母三登子が敬司に代わり取締役に就任した)、株主には初次郎とその妻である三登子のほか、子の敬司、道生、初次郎の友人三名が一応名を連ねていたが、初次郎、三登子以外は実際には出資をしておらず、名目的なものであった。

被控訴人は、溶接・軽量鉄骨の組立を業としており、本社のある大阪市東成区と東大阪市に工場があり、初次郎と敬司が本社の工場を、道生が東大阪市の工場を担当して操業していたが(経理関係は三登子が一手に担当していた)、昭和五四年当時、従業員も両工場併せて三名ぐらい、年間の売上高も三〇〇〇万円程度のものであり、形式は会社であったが、実体は初次郎と三登子が中心となり、家族全員で経営する小規模な町工場であり、従来、その必要もないため取締役会も株主総会も開かれたことがなかった。

本件生命保険はいわゆる企業保険と呼ばれているものであり、昭和五一年七月、被控訴人の中心的な働き手である敬司らに万一のことが起こったときのことを考え、三登子が敬司と道生を被保険者として千代田生命と右生命保険契約を結んだのであるが(初次郎は高年齢のため被保険者の資格がなかった)、少なくとも当時、右保険金の使途についての具体的な予定等は決まっていなかった。

控訴人は昭和三九年三月敬司と結婚し、被控訴人の本社工場内にある初次郎方で初次郎や三登子と同居して生活し、敬司との間に昭和四〇年四月生まれの長女を頭に一男二女をもうけ、一応平穏な日々を送っていた。ところが、昭和五四年九月、敬司(昭和一一年生まれ)が死亡したため、幼い三人の子供を抱えて残された控訴人の今後の生活を心配した初次郎や三登子は、控訴人を被控訴人の事務員に採用して給料を控訴人に支払うようにし、また控訴人の希望もあり、本件保険金も控訴人一家のために控訴人に与えることにした。ただし、右保険金のうち一〇〇万円は三登子の申し出により三登子がこれを取得したため、控訴人の手に渡ったのは本件支払金の一四〇〇万円であった。控訴人は右一四〇〇万円を控訴人や三人の子供名義の定期預金にした。なお、本件保険金は千代田生命から被控訴人の当座預金口座に入金になり、三登子の承諾を得て控訴人が被控訴人名義の小切手を振出して右預金口座から引き出したのであるが、この出入りについては被控訴人の帳簿には一切記載がなされていない。

ところが、昭和五七年一二月、初次郎が死亡し(この結果、昭和五九年三月には前記本社工場は閉鎖された)、この遺産相続をめぐって、三登子・道生と控訴人が対立して不仲となり、昭和五八年一二月には、控訴人が前記本社工場内にある自宅に三登子一人を残し、子供三人と共に控訴人の実家に帰る事態となり、また現在、控訴人と三登子、被控訴人らとの間には本件訴訟のほかに給料や貸金の支払いを求める等の訴訟も係属中である。

以上の各事実が認められる。〈証拠〉のうち、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしにわかに措信できない。

右認定の事実によれば、本件支払金は被控訴人から控訴人に支払われたものであり、これは、その動機・目的や被控訴人の帳簿にも記載がなされていないことを考えると、被控訴人から控訴人に対する贈与ともみられないではないのであるが、他方、敬司には本件支払金以外に退職金は支払われていないのであって、少なくとも敬司の生前の取締役としての職務執行の対価ないしその功労に対する報償の性格も併せ持つものであることは否定できないというべきであり(控訴人が本件支払金を敬司の退職金であると主張していることは前記のとおりである)、また取締役報酬のお手盛りにより会社・株主に損失を与えることの防止を目的としている商法二六九条の立法趣旨からすれば、本件支払金についても同条が適用され、定款の定め、又は株主総会の決議のあることが必要であると解するのが相当である。

三そこで、再々抗弁について検討するに、本件支払金については、被控訴人の定款にも規定はなく、株主総会の決議もないことは弁論の全趣旨により明らかであるが、前記認定のとおり、被控訴人は初次郎と三登子が中心となって経営してきた小規模な閉鎖的同族会社であり、名目上の株主は他にもいたものの、実質的に出資して被控訴人を設立経営してきたのは右両名であり(ちなみに、〈証拠〉によれば、三登子も道生も被控訴人の実質株主は初次郎と三登子のみで、他は名目上のものにすぎない旨を記載した書面を作成していることが認められる)、また被控訴人においては、従来取締役会も株主総会も開らかれたことはなく、本件支払金を控訴人に支払うことについては実質上の株主である初次郎及び三登子が承諾していたのであって、このような場合、前記商法二六九条の趣旨からすれば、実質的な株主全員の承諾を得たことにより、その目的とする弊害は防止し得るのであるから、本件支払金については株主総会の決議があったものとして扱うのが相当であるというべきである。現に、現在被控訴人の代表取締役である道生自身、自分の報酬についても形式的には株主総会の決議を経ていないと供述しているのである。

なお、道生は、本件保険金については昭和五八年中ごろまで控訴人に与えられたことは知らなかったとも供述しているが(これに対し、控訴人は当審において、昭和五四年末ごろには道生に本件支払金のことを話したと述べている)、仮にこれが事実であるとしても、道生は前記認定のとおり、実質的な株主でもなく、また被控訴人の代表者供述によれば、道生は被控訴人の経理関係については一切を母である三登子に任せ切りにしていたことも窺えるのであり、本訴が初次郎の遺産相続をめぐる紛争が発端となり、本件支払金が控訴人に支払われてから五年後に提起されているものであることも考えると、右事実は到底右結論を動かすには足りない。

再々抗弁は理由がある。

四以上の次第であって、本件支払金は敬司の退職金ないし残された控訴人ら遺族の生活の資にする趣旨で、適法な手続に則り、被控訴人から控訴人に支払われたものであるから、被控訴人から控訴人に対する不当利得を原因とする本件支払金一四〇〇万円の返還請求は理由がないといわざるを得ない。

よって、被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであり、これを認容した原判決は不当であるから、原判決を取り消して、右請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石川恭 裁判官福富昌昭 裁判官松山恒昭)

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